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関東信越税理士会所属

ちょっとブレイク

心に響く一言

6月



H30.6.29(6.11事務所にて)    NEW!!                   

先日のゴルフで、スコアが76打で素晴らしく良かった。ただ、「75打」だとエイジシュートだったので、残念ながら1打足りなかった。前半39、後半37、計76


私がエイジシュートを目指しているのは皆さんご存知だと思う。今74歳なので、数え年(75)以下で回ることがエイジシュートだ。今回は調子が良く、全部真っ直ぐに飛んで、距離も伸びていた。途中でいけるかな、と思ったが、70歳代で70台で回るのはとても難しい事で、エイジシュートの平均値は8483,4歳の時に84で回るのが標準である。1打足りないのは実は2回目だ。昨年ハワイに行った時も75で回った。


私はとことん突き詰めることが好きだ。例えば、ドライバーが右に曲がったら、なぜ右に曲がるのだ、と追及する。原理は物理なので、ボールに右回転を与えるから右に曲がるのだが、どうしたらストレートになるのか、左に曲がるのか、そういったことを自分で研究するのが好きなのだ。とことんやり抜く。ただ、一般の人はそこまでやらないのだろう。やらないから上手くいかない。事務所の職員も曲がって苦労している者がいる。距離は途轍もなく飛ぶのだが、残念ながら曲がってだいぶ苦労しているようだ。


 ゴルフは非常に奥が深い。途中で諦めてしまう人が大半だ。しかし最後までとことん追求することが大事だ。これは仕事でも一緒。疑問があって、まぁいいや、と諦めたらそこで終わりだ。自分が納得するまでとことん突き詰めることが、すべての事に大事だと思う。私はごく一般的な一般人だが、ここまでできるようになったのは偏に探究心だと思っている。




H30.6.29(4.16事務所にて)    NEW!!                   

3月に埼玉県の警察学校の卒業式に行ってきた。今から167年前にある税理士の会合で埼玉県の警察学校の寄付をお願いされ、警察学校友の会に毎年寄付をしてきた。学校長から感謝状をもらったりして、ぜひお越しくださいと言われていたが、行ったことがなかった。今年も卒業式にご招待がきたので、警察学校がどういうものか、一度行ってみようと思い行ってきた。


埼玉県の警察官は全員その警察学校を出て、各署に配属になる。今回の卒業生は約60名だ。10月から3月までの半年間、警察のいろはを教わるのだろう。全寮制で、皆さん20歳代の若い方だ。最近の若い人はきちんとできているのか、と疑問に思いながら出席した。


卒業式では約60人全員が寸分違わず礼も挨拶も号令の仕方も完璧にやっていた。半年で人間あれだけ変われるものか。私は自衛隊については知らないが、自衛隊もそうなのではないかと思っている。まだまだ日本は捨てたもんじゃない。我々招待者は、式場に入って前の方に座って見ていたが、リーダーが前に出て、そのリーダーの指示通り全員が動く。これは相当すごい訓練をしている。これで日本の警察はまだまだ大丈夫だと思った。私は規律が正しいのが好きなので、今の警察はどんな感じなのか興味深く見守っていたが、本当に驚いた。今の警察が、これだけピシッとできているのであれば大丈夫なのではないかと思った。


卒業式の式典が終わり、その日のうちに各署に配属になる。式典が終わり、敬礼して退場し、各署が迎えの車を用意してそれに乗ってその日のうちに行ってしまう。その迎えの車が様々だ。窓に網目の付いたバスや護送用のバンであったりで、大変興味深かった。

 現在の警察はすごい組織だなと改めて思った。人間、半年の訓練であれだけのことができるようになるのは本当にすごい。感心した。




H30.6.29(2.26事務所にて)    NEW!!                   

オリンピックの話をしよう。
今回の平昌オリンピックで日本は13個のメダルを取った。私も時間がある限り見ていた。随分感動もいただいた。オリンピックなので、世界一を争うのだが、大変な感動の裏に我々の知らないいろいろなことがあるのだと教えて頂いた。


 小平選手が長野の会社から年間1千万円の支援を受けている、という話が聞こえてきた。1千万円の支援をすること自体大変なことだが、それだけやらないと世界一になれないという現実があるのだと思った。共産主義の国家であれば国が全部面倒をみるのだろうが、日本は自由主義国家だ。国の予算で無制限にお金を使うわけにはいかない。ある選手は金目のものは全て売って競技に集中した、という話も聞こえてきた。お金で金を買うという構図ができてしまうのだが、鍛えるにはお金がいる。


 パシュートでメダルを取った選手たちも300日一緒に練習をしているということを聞いて驚いた。1年の大半だ。それでようやく金メダルが取れる。練習をしないと取れない、生半可な練習だと金なんてとんでもない。仕事を放ってやるわけだから、選手にとっては練習が仕事みたいなもの。それを補佐する人がいないとできない。そういう世界だ。フィギュアはだいたい裕福な家庭の人がやっていると言われている。フィギュアも何千万円もかかるそうだ。

 
従って、そういう事自体がいいか悪いかという議論もあるが、現実的には金メダル取ってなんぼという世界なので、お金がかかることは仕方がないと思う。日本が13個取ってよかったよかったと言っているが、そんなにお金がかかることをずっと追及していていいのだろうか。国家で面倒を見られる共産圏の方が絶対的に強いと思う。今後の北京オリンピックは中国がたくさん取ると予想される。やっている選手はもちろん大変だが、国家のスポーツに対する金の使い方によってメダルの数が変わってくるのかなと思うと、少し寂しい気がする。



H30.6.28(6.18事務所にて)
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 PHPに松下資料館がある。2年程前にそこに特別に1人だけ招待された。

松下さんが創業されてからの過程のブースがある。各ブースとも座ってDVDを見られるが、それを見て、感動して涙が止まらなかった。こういう想いの会社であれば間違いないと思い、今回PHPの研修に部課長に参加してもらっている。


 会計事務所は税法や会計等は学ぶ。税法や会計が分かっていたり、ある程度年齢がいっていたりする人が自然に上司になるが、管理職の力量と簿記会計が分かる力量は全く違う。この研修は良い意味で事務所にとってプラスになる。個人の成長に役立つが一番いい。


 人間は、書(本)によって学びを深めることと、人によって学びを深めることの2つの側面がある。できれば若いうちから色々な人、自分よりも人間的に優れている人と付き合うようにした方がいい。我々自身も戒めなければいけないのは、お山の大将になってはいけないということだ。小さい地域である程度、会社や事務所が活躍し始めると、「立派ですね」「すごいですね」と言われる。それで終わったらその人は本当に終わりだ。次の高みを目指さなければいけない。


 今度、某所からセミナーの依頼を受けた。社会企業という概念がある。これは社会の様々な課題や問題を企業という組織体での解決を意図しているのもで、今世紀はどのような会社であっても社会性という視点がないと厳しいと思っている。今の組織のあり方は変わってくるのではないか。トップがいて、部課長がいて、社員がいる、これは軍隊組織。相手に勝つという事が至上命題なので、トップから末端まできちんと方針が伝わっていなければいけない。軍隊組織のような相手に勝つための組織のあり方は20世紀で終わったのではないかと思う。

21世紀は、志に従って集まってくる中核の人と、他のグループがコラボするような感じではないか。例えば、ある特定の業務を、志が同じような2つ以上の会社や個人が一緒になってやり、一つの仕事が終わったら解散する。このような形がこれから主流になってくるのではないか。その時に一番大事なのは考え方、哲学だ。そこが同じでないと烏合の衆になってしまう。そこをきちんと伝えていく責務がある。




H30.6.28(6.4事務所にて)
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 当法人の存在意義に「幸福社会を創造すること」とある。幸せとは何か、幸福とは何かを定義付けする必要があるのではないか。幸せの定義が一人ひとり違っているとブレるので、そこはきちんと明確にしておいた方がいいと思っている。

 幸せは2つしかない。1つは、生まれてから死ぬまでに自分が日々成長している実感。もう1つは、成長している実感が周りの方々にお役に立っているということ。決してお金を儲けるとか地位が高くなる等の問題ではなく、日々の営みの中にこそ幸福はある。給料がいい、福利厚生がいい等の形式的なところが幸せだと錯覚すると、それは幸福の手段にすぎない。いくら給料を多くもらっても、いつも飢餓感に飢えている人はいつまでたっても餓鬼道の人生を歩んでいってしまう。心穏やかな人は、ほどほどであっても満足いくような生き方ができる。給料よりも仕事をきちんとやることが次につながり、それが結果として収入が増え、給料が増える、というふうになる。私が独立してからの30年間の実感だ。目先の事にとらわれることなく、自分にとって本当の幸福は何かを今一度かみしめて頂きたい。それが分からないと「当法人の存在意義」は見えてこない。




H30.6.28(5.14事務所にて)
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 土曜日(512日)にT社様の経営計画発表会に参加してきた。当事務所の経営計画書を参考にしているため当事務所の経営計画書とよく似ているが、それを超えるものがどんどん出来てきている。例えば、部課長の役割等が明確に載っている。ぜひ参考にしていただきたい。


 私は若い頃から課長の役割、部長の役割、取締役社長の役割、という本を結構読んでいた。それは自分の立場の上の所でどういうことをやっているかが分からないと本当の仕事は出来ないと思ったからだ。そういう事を自分でやりながら身につけていった。自分がやっているから他の人も同じように学び身につけていっていると思ってやっていたら、実はそうではなかった。部長・課長の役割をきちんと伝えていかなければいけないと思い、事務所ではPHPの研修に参加してもらうことにした。

 

 あなたはリーダーシップをどこで学びましたか?との質問に対し、7:2:1という有名な法則がある。7は日常の仕事から学んだ、2は上司や尊敬できる人の薫陶を受けた、1は研修やセミナーを受けたという。つまり研修やセミナーから学んだ人は1割しかない。それでもセミナーや研修に行く意味がある。セミナーや研修に参加することによって、リーダーシップ等の内容を体系的に学ぶと知識のきっかけができてくる。その上で日常業務をやっていくと、見えないものが見えてくる。体系的な知識がないまま日常業務をやっていると右往左往する。時には失敗もし(失敗も学びかもしれないが)、できれば失敗せずにスムーズにいくようにした方が良い。部課長にはぜひ多くのことを学び、身につけてきてもらいたい。




H30.6.28(5.7事務所にて)
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 公認会計士監査の世界では、東芝事件等のいろいろな会計不祥事を受けて監査の質が問題になっている。5年~7年以上になるとパートナー(代表社員)を変えるのだが、事務所を変えようという話が出てきている。単に安いというのではなく、正にISOと全く一緒で、指標をいくつか入れて、その中で監査、仕事の質で入札をする、という話も少し出てきている。我々の仕事も同じようになってくるのではないか。小さいところは人間関係でやっていけるが、一定の規模以上(上場会社やその子会社)となった場合は、業務の質が見られるのではないだろうか。


 世の中全体はそういう流れだが、結局は責任回避の風潮になっているのではないかという気がしてならない。例えば、仕入れ担当がなぜそこを選んだのか、に対して、相手の技術が良かった、値段も合理的だった、等々。いろいろあると思うが、それがISO等を取っていれば、つまり外部の第3者が評価していれば、そこを評価して選択しても間違いはない。自分の責任は問われない、と無責任社会、責任転嫁社会になってきているのではないか。昔なら、これは自分がこういう思いで選択した、と堂々と言えたが、それが無くなるのが果たしていい世の中なのだろうか。

 

 人間は、成長するためには人と出会うか本を読むしかない。いい人と出会い、いい本と出会うことによって成長できる。食べたものが6か月後の自分の体を作る、と言われるように、読書や会った人は6か月後の自分の精神を作る。それを何もしないでゴロンとしているだけの生活を送るのか、たとえ1冊でも1行でもいいから本を読むことの積み重ねを行っていくかによって、510年で大きく差が出てくる。若い人に「勉強してないだろう」とよく言うことがある。勉強しているかどうかは顔つきで分かる。本気でやっていれば、ボーっとした顔をしていない。紙1枚はとても薄いが、積み重なることによって破れなくなる。自分を磨いていく、教養を身に付ける、ということはそういうことだ。仕事よりも、帰宅してからや休みの時の過ごし方によって成長度合いが違ってくる。自分の未来を切り開けるのは自分しかいない。4050歳になって、あの時やっておけばよかったと後悔する人はたくさんいる。今は大変かもしれないが、今一生懸命やることによって10年後20年後いい思いをするかどうかは自身の決意にかかっている。気分新たに、自分を高めるとはどういうことかを考えて頂きたい。




H30.6.28(5.1事務所にて)
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 言葉は字面だけで考えるのではなく、言葉の一つ一つの意味をきちんと理解をすることが大事だ。


論語「学びて時にこれを習う」
これは私は「復習してみる」ではなく、「実践してみる」という言い方をしている。実践の中で初めて学びがあるからだ。


 当法人の存在意義で「幸福社会を創造すること」とある。なぜ「幸せ」と言わず「幸福」と表現しているか。英語で言うと「幸」はHappy、「福」はLucky。「幸福」は両方合わせた状態のことだ。
今回はこの「福」の話をしたい。「福」は招き寄せることができる。参考として「陰隲録」の話をしようと思う。これは日本でいうと安土桃山時代の頃の話だ。


 中国に袁了凡という人がいた。父親が医者だったが、若くして亡くなっている。母親は一人でこの子を立派な医者に育てていきたいと願いながら育てた。

ある日、南方より易者がやってきた。一夜の宿を所望したい、そのお礼に子供の運勢を見て差し上げよう、と言われた。「この少年は残念ながら医者にはならない。ただ若くして科挙に通り、50代前に地方の長官になる。子供もいなく、50数歳でこの世を去るだろう」と言われた。了凡少年は勉強して科挙を受けるが、易者が受かると言った時に必ず受かり、何番で受かる、というところまでぴったり当たっていた。その後、ある地方の長官に赴任をし、そこで座禅を組んだ。そこのお坊さんが微動だにしない了凡さんの後姿を見て、どこで修業をしてきたのか尋ねた。赫々云々こういうことだ、と話したら、お坊さんは「馬鹿もん!」と一喝した。宿命は変えられないが、運命は変えることができるのだ、と。

了凡さんは奥さんに、「いい話を聴いた。ついては、これから人に良かれ、世の中に良かれ、という事を毎日やっていきたい。いいことは○、悪いことは×、その○が多い人生を生きていきたい、と願う」と言った。奥さんも協力するといい、毎日○×を付けていたら不思議なことが起こった。子宝に恵まれないと言われていたが、息子が生まれた。50数歳で亡くなると言われていたが、70数歳まで生きることになった。

そして68歳の時に息子に向けて「陰隲録」を書いた。運命は変えることが出来るというメッセージを書いたのだ。その中に「謙のみ福を受く」という言葉がある。これは謙虚だけが福を引き寄せることができる、ということを言っている。「だから息子よ、そういう人生を生きなさい」そういう言い方をしてこの本は閉じられている。

 

 一つひとつの言葉の意味も深堀していくと、本当に何を世の中に伝えていけばいいのかが分かってくる。ぜひ字面だけで考えずに、疑問に思ったら広辞苑などを参考にしたり、関連する本を読んむなどして、深堀していただきたい。




H30.6.28(4.23事務所にて)
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 論語「生まれながらにしてこれを知る者は上なり。学びてこれを知る者は次なり。困みてこれを学ぶは又其の次なり。困みて学ばざる、民斯れを下と為す」
「上(かみ)なり」と「下(しも)と為す」という言い方をしたが、ある人は上(じょう)なりと読み、下(げ)と為すと読んでいる。セミナー等でも話をさせてもらっているが、最近は上(じょう)と下(げ)という言い方をするようにしている。


 先日の「人を大切にする経営大学院」のトップバッターをやらせていただき、冒頭にこのことを話した。
税務会計は時務学だ。それに対する本務学である「人間としてどう生きればいいか」を学ばなければいけない。特に40歳過ぎたら学んでいかなければいけないと話した。努力するものの道徳を学ぼうとしない。「困みて」を努力という言い方をしているが、これはある論語の本から引用した。しかし、これをそのまま訳して、「困難に陥った時に」と訳した方がいいのではないか、と思っている。努力をする者の云々ではなく、困難にあった時も人として生きる道に気づかないことが最低だと言っている。仏教では、上根、中根、下根と言う。


上根は、お釈迦様の話を聴いてそのまま悟る人
中根は、その時は話を聴いたと思うが、なかなか気づかず35年後に気づく

下根は、○○は死んでも治らない


それと全く一緒だ。いろいろなことを経験しながらも、本来自分はどう生きればいいかを学ばないことが問題だ、と言われている。そういう人間学をどう学んでいけばいいか。本を読むことは一番手軽でどこでも学べる。


 次に色々な人と会うことも大事だ。家庭、職場、お客様、それだけの生活で終わっていないか。小さな人間関係の中だけの人は、ほとんど成長していないだろう。自分よりももっと人間的なレベルの高い人と会ってみる。始めは大変だろう。しかし、そういうことを繰り返しやっていかないと人間的な成長はできない。


 事務所の経営理念は「自利利他」だが、これは社是にした方がいいのではないかと考えている。事務所の本当の存在意義は「幸福社会の創造に寄与すること」だ。来期の経営計画書では表現を改めようと思う。


 「幸福」とは何か。

「幸福」と簡単に言うが、幸福とはどういう状態なのか、どういうものなのかを考えないまま使っている。私見として「幸福」の定義をしている。昨日よりも今日、今日よりも明日、成長している実感が得られることが幸福だ。そして成長した実感を基に周りの人にプラスのいい影響、お役に立っているという状況、成長と貢献が私にとっての幸福だ。そういうことを全く考えずにその日暮らしをやっていて、2030年経って人間はどれだけ成長し、どれだけ幸せになれるだろうか、そういうことを今一度考えるべきだ。ご縁がある方には、こういう事を声を大にして伝えていきたい。それが今の自分の役割だと思っている。




H30.6.28(4.9事務所にて)
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 先日のTKC東京5会新人研修では、グループディスカッションをやり、その夜発表をする。その発表会に途中から参加し、発表者の意見を聞いていた。AIが進展する時代で、我々の業務はどうなるか、10チームに分かれて発表をしていた。皆さん、鋭い見方をしている。今の記帳代行や税務申告が無くなった時に我々は何をやれば良いのか、的確に伝えていた。


 自分なりに、これから10年後20年後を考えた場合に、どういう世の中が来るのか。我々の業界は、今の時点で半分くらいの仕事がなくなると言われている。それを書いたのが今期の経営方針だ。5年もするとこれが正しかったと6割の人は分かってくれるだろう。10年経つと、あの時変えて良かったと思ってくれると思う。


 新人研修では、一番大事なことは何なのかを話した。柔軟性が大事だ。世の中が変わっていった時に、「今までこうだった」と言っていてはいけない。その時代時代に合わせて我々の業務を本質から見直し、組み立てをしていかなければいけない。その勇気も必要だ。しなやかな心がないといけない。


 明治維新の時に、維新の志士が活躍している。彼らは全く違った社会を創り上げた。その時にその人たちは経済学、経営学、会計学等を学んだかと言うと、そういう枝葉末節のことは学んでいない。本務学(人間学)で人間の根本法則(あるべき姿)を学んでいる。全ての意思決定の基準はそこにあった。だから明治という時代を創り上げることができたのだ。


 渋沢栄一は明治時代にみずほ銀行(もとの国立第一銀行)等の500以上の会社を作り、なおかつ500を超える社会福祉施設や学校(一橋大学や日本女子大等)、東京商工会議所等を作り上げた。
渋沢氏の二松学舎大学で論語の連続講義は「論語講義」という本にまとまっている。講談社学術文庫と明徳出版社から出ている。その中で、自分は幕末の江戸時代の人間だから、当然、今のように大学に行ったり専門的な勉強はしていない。しかし、若いうちから論語や中国の古典を嗜んでいた。その結果、企業経営等で意思決定をせざるを得ない時に論語等に書いてあることを判断基準にすることによって間違いがなかった、と言っている。
 

 なぜ論語を含めた古典を学ぶのかはそこにある。時代は進み、社会は変わる。今の自分の年齢に10歳足していただきたい。20数歳の人は中堅に、30代の人は40代になり、早い人は事務所の中では社員や場合によっては代表社員等、いわば事務所を引っ張るような立場になる人もいると思う。その人が世の中の流れの読み間違いをしたら、どんな組織でも崩壊する。確かに税法の知識は必要だが、併せて人間学も一緒に学び、自分を高めてもらえれば、大過なく過ごせるのではないだろうか。




H30.6.28(4.2事務所にて)
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 331日にI社様の経営計画発表会があった。毎年、記念講演をやらせてもらっている。

そこで「教えざる民を以て戦う」という話をしている。当法人の経営計画書に掲載されている素読用論語の訳には講談社学術文庫の訳を基本にとっているが、もっと深いことがあるのではないかと思っている。今でいうと商売の仕方等を教え込まずにお客様のところに行ってこいということで、昔は根性でやったかもしれないが、今は不合理だ。それを2500年前にも同じことを言っている。こういうことを教えずに、ただ単に仕事をしろ、というのは棄てるものだ、という。


 何のために働くかを教えることはできない。人によって価値観が違うからだ。大事なことは、何の為に働くかを気付かせてあげることだ。お金のため、地位のため、名誉のため等を目的にしてやっている人に大成した人はいない。仮に大成したように見えても、転落が早い。そして深い。


 人は、何のために働くのだろうか。それは、世のため人のため。この気持ちがなければ、本当の意味での大成はしない。今、いろいろなところでキャリア教育をやっているが、ノウハウの研修がほとんどだ。はたしてそれで大成する人間ができるのかは危惧するところだ。ノウハウだけということは、人間を道具としてしか見ていないのではないか。何かをする道具としてしか見ていないから、欧米流の考え方が出てくるのではないか。

事務所では、事務所がうまくいくためだけではなく、そこに集った方々が素直な気持ちでこの考え方をしっかり受け止め、実践をしていけば、きっと幸せになれる、という願いを込めて、毎年毎年経営計画書を作っている。ぜひ新年度(4月から)のスタートに、少しでも気持ちを汲むような読み方をしていただきたい。




H30.6.28(3.12事務所にて)
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 論語は、孔子とお弟子さんの問答集だ。孔子が講義の中では五経(易経、礼記、書経、詩経、春秋左氏伝)の講義をし、その合間での話が論語になったのだ。


 大阪大学の加地先生の本には背景的なところまで書かれている。本当の意味での論語の心は、当時の中国の社会情勢や宗教や祭祀まで分かると腑に落ちる。こういう時代背景があったからこういう発言があったのだ、等が分かる。


 全てのものは驕り高ぶりから崩壊する、と言われているが、元を正せば易経の話だ。

飛龍(トップ、社長)の時代に驕り高ぶることによってその後の落ち方が違う。緩やかに落ちる人と急激に落ちる人といる。世の歴史を繙いていくと全部それが当てはまる。皆さんは社長さんを相手にしているので、そういう事を正しくお伝えしてもらうとその社長さんもいい人生が送れるのではないかと思う。晩年が寂しい人生やつらい人生を送るというより、安泰だったという人生を送った方が幸せだろう。



H30.6.28(2.19事務所にて)
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 今、AIの話の本を片っ端から読んでいる。AIが完全に人間を追い越すのではないか、という悲観論から、ものすごく楽観論まである。


 ある数学者のAIの話をご紹介したい。
AIは神になるわけではない、人間を追い越すわけではない、シンギュラリティ(技術的特異点)はない、と明確に言い切っている。ご存知のようにコンピュータは“0”“1”の世界だ。数式に置き換えられない仕事はできない。言われてみれば確かにその通りだ。人間の感情の揺れは数値に置き換えられない。そういう意味では楽観論だ。


 東大合格をAIでやろうという研究主催者の話で、AIはMARCHレベルは合格できるようになったという。MARCHレベルの大学の人の知能は置き換えられる可能性があるということだ。AIが人間を凌駕することはなくても、ある部分を代替することができる。


 今の若い人は問題文が読めない人が多いそうだ。日本語で問題文は書かれているが、その問題文が何を意味しているかが分からない、読解力がないということだ。
我々がそちらを力入れていき、精神面、感情面を力入れていけばAIに代替されないが、そうでないと仕事が代替されてくる可能性が非常に高いとも言えるだろう。




H30.6.28(1.22事務所にて)
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 これからAIによって仕事が奪われる、と言われている。これをチャンスだと思う人もいれば、自分の仕事がなくなると不安になる人もいるだろう。世の中は正直で、不安に思っている人から仕事は無くなる。これからは高めていく能力の質が変わってくる。恒心と変身が大切だ。


 時代とともに必要なスキルや能力は変わっていく、しかし根本的な考え方は変わらない。それは個人でも企業でも全く一緒だ。身を変えるのは非常に大変なので、心を変えようとしている人がとても多い。でも心を変える必要はない。もちろん自立ができていない人、人のせいにする人、自分が責任を負っていない人、などは今のうちから変えていかないと、10年後本当に厳しい世の中がやってくるだろう。


 例えば、論語や二宮尊徳で学ぶ等、人間として何が正しいかが分かっている人は自らその時代時代によって必要とされる技術は変わっても自分を高めることはできる。維新の志士たちは技術的要素はあっただろうか?子供のころから論語などを学び、それが判断基準になっていることを考えれば、人間として大切なことは何か自ら理解できるであろう。今のうちから中長期スパンで物事を考えてやっていけば間違いなく到達できる。


 事務所内でもモニタリング情報サービスや早期経営改善計画等の推進をしているのは、10年後はそれが当たり前になっているだろうし、その時に慌てても間に合わない、と考えているからだ。

私は全ての人に支持されたいとは思っていない。心ある人で意欲の高い人が事務所を支持してくれればそれで十分だ。意欲が高く、世のため人のためになる、そのためには事務所の考え方やノウハウを一緒に手助けしてくれないか、という人が1社でもお客様になっていただいた方が、事務所の皆さんも人のためになるということを体感しながら仕事ができるだろうし、お客様からも感謝いただけるだろう。時代が変わるときは大きなチャンスだ。

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