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関東信越税理士会所属

ちょっとブレイク

心に響く一言

12月



H30.12.3(11.26事務所にて)        NEW!!

9月にモンゴルに行ってきた。AOTCA(Asia Oceania Tax Consultants' Association) 日税連の国際会議に参加してきた。AOTCAは日税連が作った各国(アジア・オセアニア地区)の税理士制度を採用している、もしくは採用予定の国の会議だ。今は16か国くらいだ。毎年、各国で総会&研修会を開いている。

モンゴルの首都ウランバートルは北海道よりもさらに緯度が高いので、9月下旬に行ったのだが、日本はまだ暑さが残っているが、モンゴルはすっかり秋で寒いくらいだった。気温が低いとは言われていたが、寒いとは言われていなかった。朝は氷点下1℃、日中は10℃くらいだ。こんなに寒いとは全然予想していなかった。

チンギス・ハンの銅像の前で写真(事務所に飾ってある)を撮ったが、とても気に入っている。この時にジャケットしか持っていかなかったので、下着を何枚も来て行った。風が強く、ものすごく寒かった。モンゴルは相撲で有名で、観光地でモンゴル相撲を見せていた。相撲取りと共通するところがあるな、と思った。モンゴル人は、男性は日本人よりも体格が良い。私以上の平均的背格好の男性が多い。


11月にはマレーシアに行ってきた。井上誠一というゴルフコースの設計者がおり、今から30年くらい前に亡くなったが、日本で38コース、海外でマレーシアとフィリピンに1コースずつ作り、合計40コースの設計をした方だ。そのコースを北から全部回ろうと、今回っているところだ。昨年の7月に北海道からずっと回っている。今は国内で
23コース回ったので、あと15コースある。今後は全て日本から西のコースになるが、そのうちの一つ、マレーシアのスバングゴルフコースに行ってきた。このコースはマレーシアでも12位を争う名門コースだ。井上誠一は国内でも名門コースが多い。オリンピックをやった霞が関や大利根、読売カントリー等、名門ばかりのため、予約を取るのが大変だ。

このマレーシアのコースはメンバー同伴でないとプレーできないため、巡礼隊の幹事の取引先のつてをたどって、やっとメンバーを探した。我々が先にコースに行ったら、メンバーが来ていないからやらせない、と言う。日本以上に厳しい。入るときにもゲートがあり、理由を言わないと入れないのだ。ゴルフコースは距離によってスタートするマークの色が違うのだが、私は青で回るので、スコア表を見たら「6500」と書いてあった。少し長めだな、と思ったのだが、メートル表示だった。1mは0.9ヤード、6500メートルだと7100ヤードになる。男子プロがトーナメントをやる距離だから、我々はもちろんやったことがない。ゴルフコースの単位はほぼヤードなのだが、なぜマレーシアだけメートルなのか、理由は分からないが、メートル表示だった。大変驚いた。

マレーシアは今は雨期だ。そのため連日1時間くらいすごいスコールが降る。我々がプレーしている時も、ちょうどお昼頃1時間くらい降った。そういう時は待っているしかない。しかし、不思議と1時間もすると必ず晴れる。日本では考えられない天気だ。

マレーシアはすごいビルラッシュだ。郊外に行くと高層マンションが続々と建っている。相当な経済成長をしているのだろう。

来年はフィリピンに行く。国内もあと15コース残っているので、楽しみである。


11月



H30.11.21(11.19事務所にて)
    

 人間は生まれながらに完全な人はいない。どこかしら欠陥があるから生まれてくる。心を丸でたとえれば、とんがっていたり、欠けていたりしている。この世はいろいろな人がおり、いわば聖人や悪人が入り乱れているところだからこそ効果的な修行ができる。


 経営計画書の中に「きれいな日本語で話す」と入れてある。これは言葉の乱れが気になり、ある期から入れたものだ。組織全体で良くなってもらいたいと思い経営計画書の中に入れた。これは仏教の八正道の「正語」を念頭に入れたものである。


妄語:嘘偽り
綺語:無駄話
両舌:二枚舌、相手によって変える、仲違いの元
悪口:粗暴な言葉

正語」とは、この4つの悪から離れることである。きれいな日本語を話すという裏にはこれがある。前回、祓い清めるという話をしたが、これも同様だ。正しくない言葉を使うと、相手も穢れるが、最も穢れるのは自分なのだ。




H30.11.12(11.5事務所にて)
     

 先日『人を活かす』という話をしたが、「活かす」とはどういうことかを深く掘り下げてみたい。


 人生を上手く生きられる人とそうでない人の差は何か。
八正道の中に、正思(または正思惟)がある。そもそも正しいことを判断基準として持っていなければ、どこかブレる。その次に正業がある。これは、正しい行動をしなさい、ということ。思っているがやっていない、ではいけないということだ。若いうちからこのような言葉に慣れ親しんでもらいたいと言っているのは、そういうものを心の中、特に潜在意識の中に落とし込んでもらいたいからだ。それが304050代になって花開いてくる。人間の意識は、顕在意識と潜在意識があり、その下に集合無意識がある。

 皆さん、車に乗りますよね。次の信号はもうすぐ赤になりそうだから、今のうちからブレーキをかけなければいけない、等をいちいち意識しながら運転しているだろうか。たぶんしていないだろう。運転し始めた頃はものすごく運転するのが疲れなかっただろうか。これが顕在意識で運転している、という状態だ。

これに対し、繰り返し行うことで潜在意識に落とし込まれれば、「体で覚える」という状態になる。

 善き思いをし、善き行動をするためには習慣化が必要だ。習慣化がなかなかできないのは、1つは主に思いが足りないということ。思いのエネルギー(思念エネルギー)にはすごく力があるが、それを信じきれない人がいる。それも訓練なので、まずはやってみることだ。もう1つは習慣化だ。

実はもう1点ある。人間の潜在意識と顕在意識の間には「想念帯」がある。これは雲のようなものだ。曇り空や雨空を見て、太陽がないと言えるだろうか。太陽は見えないがあるのだ。集合無意識や潜在意識から素晴らしいエネルギーが湧き出ているのだが、想念帯が邪魔をしてそれを見えなくしている。

 想念帯が汚れてしまったり穢れてしまったりするのは、日々の行動と言動によるのだ。悪い言葉を使わない、悪い行動はしない、と言っているのは正に想念帯を汚す行為をやめようということだ。想念帯が汚れると、良いことを言われても気づかなくなる。

 では、その汚れてしまった想念帯はどうすればよいか。神道は穢れを祓い清めるという。人間誰しも過ちがあるが、それを祓い清めることによってピュアになり、より光が届くようになってくる。仏教はこれを「反省」や「瞑想」と言っている。論語や易経でも「反省をしなさい」と言っているのは、想念帯の曇りを取り除くためだ。これが若いうちから分かっているか、残念ながら分からないまま年を取ってしまったかによって、その人の晩年はものすごく大きな差が出てくる。

 人間の意識構造をきちんと把握し、それをより良く活用するためにはどんなところに注意すればよいかをしっかり考えることが、幸せになるための第一歩だ。


10月



H30.10.31(10.29事務所にて)
        

『人を活かす』

 当法人の経営理念には、「人を活かし、お客様を活かし、社会を活かす」とある。この三段構えで世の中を良くしていこうという祈りを込めている。世の中の制度を良くするよりも、一人ひとりの考え方や行動を変えていくのが出発点である、ということが私の根本認識にある。

「活かし」という言葉は「生」ではなく「活」。正に生命の活性化を目指していくことだ。ここで言う「人」には定義がある。縁あってこの事務所に入所していただいた方々が「人」であり、皆様が活き活きとしていなければお客様を活き活きとさせていくのは不可能だ。そして、そういったお客様が増えることによって社会を活き活きとさせていく。こういう論法になっている。


 人が活き活きとするということはどういうことか。正に論語「人の己を知らざることを患えず、己の能なきを患う」にも関係してくる。人間はなぜ自分の力を過大評価するのだろう。何をやっても自分はできる、えらい、と思っている。ところが周りから見るとそうでもない。この認識ギャップをどう合理化するか。これは、まだ足りないと思って努力をする人間と、世の中が悪いと人のせいにする人間に分かれる。人のせいにする人は間違いなく生成発展はしない。これは1020年経っても全く同じだ。


 いつもため息ばかりついている人や愚痴ばかり言っている人が皆さんの周りにいたらどうだろう。お客様から見てそんな人が自分の担当になったらどう思うだろうか。ため息、愚痴は自分を腐らすし、周りをも腐らせることになる。仏教の話にもあるが、「錆は鉄より出でて、鉄を腐らす」「愚痴は口より出でて、その人を腐らす」という言葉もある。我々が仏教や論語、儒教を学ぶのは、こういう言葉と出会うためだ。自分にも良くないし、周りも悪くなる、ということを考えてもらいたい。言われてみると当たり前のことであり、普通はそこで直るものだ。ところが直らない人がいる。それは、それが習慣になっているからだ。習慣を変えることが一番難しい。しかし、習慣を変えることは人格をも変える。人格を変えれば、自分の未来が変わってくる。それを仕事の中から実感してもらいたい。日々小さい努力かもしれないが積み重ねていったら、幸せに生きていられる。心穏やかに生きていられることを実感できれば、それと同じことをお客様に伝えることができる。それができない人は傷の舐め合いをするだけでお互いが全く成長しない。


 自分を過大評価して、周りの評価に納得がいかない人の特徴がある。それは本当の意味で自分に自信がないからだ。自信は「自己信頼」。自己を信頼できるかどうか。自分の中の力は外から与えられてくるものではないことに気付けるか。様々な知識、パワーは自分以外のところから入ってくることが自分の力の源と錯覚しているといつまでたっても安心できない。自分の心の奥底には大きな泉がある。その泉は枯れることがない。コンコンと湧き出てくる。その水は自分も潤すし、周りの人も潤していく。人間は誰しもがそういう素晴らしい力があるのだが、それに気付かずに一生終わる人が多い。それこそが本当に不幸だ。そのことに自ら気付き、それをお客様に伝えていき、お客様と分かち合っていく事によって世の中が良くなっていく。これが幸福社会を創造する三段論法だと思う。



H30.10.29(10.22事務所にて)
         

 事務所の経営の根本理念は「自利利他 報徳一円」から始まる。広い意味での経営理念は、経営計画書の9ページまであると理解してもらいたい。79ページに関しては5ページの「当法人の存在意義」を深堀りしている。例えば、「縁あってお客様になっていただいた皆様の経営の健全な繁栄発展のご支援を通じて幸福社会を創造すること」が事務所の使命であると書いてある。またこの中で、経営の定義として「経営とは一生涯かかって真理を探求し実践すること」と仏教用語を使用した。


 幸福社会とはどういうものか、を自分なりの考え方をお伝えしたい。
「幸福」というものがピンとこないと、お客様に対してどういう接し方をしていいかも見えてこないのではないか。ここでいう「幸福」とは、お金が増えたり地位が高くなったりすることではない。個人的な見解だが、「幸福」には2つあると思っている。この2つが両立しているのが「幸福な状態」だ。

1つは、「成長」。膨張ではなく、あくまでも成長だ。生まれてから死ぬまでに精神的にどれだけ高まってきたか。京セラの稲盛氏はこれを「心をピュアにする」という言い方をされている。
もう1つは、それを通じて周りの方々にいい影響を与えていく。これが「貢献」。

この「成長」と「貢献」が合わさったものが「幸福」だ。精神的な成長以外にも、例えば、試験に合格するとか、専門的な知識を身に付ける、ということも大事だ。我々は会計や税務、経営支援というサービスを通じてお客様に貢献させていただいているので、それが中途半端だったり10年前と同じことをやっていたりすると、お客様にいい影響を与えられるはずがないからだ。


 本当の人生目的をきちんとわかっている人がいるとする。誰かのお役に立つことがその人の喜びだということが分かって実践をしている人が一人でも増えていけば、または会社の経営者が自分の会社さえよければそれでいい、というのではなく、正に「社会のために会社はあるのだ」ということを理解するようになり、そういう人が増えていけば、今以上に潤いのある世の中になってくるだろう。皆が皆を助け合ったり支えあう世の中になっていくだろう。

大事なことは「国が何もしてくれない」「社会が何もしてくれない」ではなく、一人ひとりの考え方が変わり、行動が変わり、その人が周りを巻き込んでいき、結果として小さなコミュニティを幸せにし、そのコミュニティが繋がることによって、社会、国を幸せにしていく。こういう流れが正しいのではないか。

幸いなことに、我々はその一番近い所にいる。自分の力を最大限発揮しながら、お客様のお役に立つことが一番幸福社会を創造する近道と考えている。


 自分なりに「幸福とは何なのか」を若いうちに考えていただきたい。いろいろな世代の方に話をさせていただくが、最近年配の人から「20代でその考えが分かっていたらもっと幸せになれた」と言われた。今からでも遅くはない。今から変えればきっとうまくいく。ぜひ、そう考え、そして実行する習慣をつけていただきたい。




H30.10.4(9.25事務所にて)       

 今年の夏、地元(蓮田)の宇都宮線沿いの生垣(約1㎞くらい)に、カズラがだいぶ生えてきて、生垣を枯らしてしまうような勢いなので、のこぎりと園芸用のはさみ、そして脚立を持って出かけた。私は、その通りを週に12回マラソン(ジョギング)をする。走って生け垣の脇を走る度に、「このカズラはすごいな」と思っていたので、延べ10日間ぐらい朝56時~8時頃まで涼しい時に刈りに行ったので、大体きれいになった。

 朝早く一人でやっていたので、誰も知らないだろうと思っていたが、だんだん知れわたってしまった。私は1丁目に住んでいるが、生垣があるのは3丁目4丁目あたりである。5日目くらいになったら、近所のおばちゃんが「お疲れ様です」とお茶を持ってきてくれたりした。道路側はきれいになっているが、反対の線路側の生け垣の枝が伸び放題なので、それにカズラがどんどん絡まってくる。それを切るのにのこぎり等、家から持って行かなければならなかったが、10日間くらいでカズラはなくなってさっぱりした。

 完全なボランティアだが、私もそこを走っていなければ気が付かなかった。しかし走っているととても気になる。それでいてもたってもいられず始めたのだ。近所の人は、「反対側は危ないので誰も手を出さない」と話されていた。崖になっているので確かに危ないが、段差があるので足をかけてやればできる。

 数日前に町内会の集まりがあり、妻が1丁目の自治会長から「池谷さんがやっていただいたんですってね。すみません。申し訳ありませんでした」と言われ、地元で有名になってしまったようだ。高齢者になると、ボランティアとか何とかではなく、気になると我慢できなくなる、ただそれだけのことである。

 当事務所も日報に「ボランティア活動」という欄がある。ぜひ制度化して活用してみると良いのではないか。誰かがやればいい、というのではなく、街や社会を良くする為に、一人ひとりがやらなければいけないことだ。こういう活動をしましたと報告し、それを制度化して評価するのも一つの方法ではないだろうか。




H30.10.4(9.18,10.1事務所にて)
            

 見えるものしか見えない。

人間の脳は、同じものを見ていても、その中で習慣や経験、教育等のフィルターを通して判断している。習慣や教育が未成熟だった場合は、成熟している人なら当たり前に見えるものが実は見えない。それは現実が間違っているのではなく、本人の判断基準が間違っている。そこがブレていたら、結果何もいいことがない。一番不幸なのは、誤解を誤解と知らないで一生を過ぎ去ってしまうことだ。

 週末に人を大切にする経営学会の全国大会に出席し、コメンテーターをやらせてもらった。当たり前のように「成長」とか「幸福」とかと言うが、成長とは本当はどういうことなのか、幸福とはどういうことなのか、を突き詰めていく必要があるのではないか。最近の私のセミナーでは、成長とはどういうことか、幸福とはどういうことか、あくまでも私見だが申し上げている。単に言葉のニュアンスではなく、具体的には何なのか、を自分なりに考えておく必要がある。

 今回の学会では、特別講演があった。「幸福学」という日本でも稀な学問だが、これを提唱した慶応大学の前野教授が講演をされた。先生は、幸せに影響する因子を突き止めたという。

1.自己実現と成長、『やってみようという因子』

 目標を達成したり、目指すべき目標を持ち、学習、成長していくこと。

2.繋がりと感謝、『ありがとう因子』

 多様な他者との繋がりを持ち、他者に感謝する傾向、他者に親切にする傾向が強いこと。

3.前向きと楽観、『なんとかなるという因子』

 ポジティブに前向きに物事を捉え、細かいことを気にしない傾向が強いこと。プラス発想すればいい、と言われるが、それだけではダメだ。プラス発想は4つの因子の中のたった一つでしかない。

4.独立と自分らしさ、『ありのまま因子』

 自分の考えが明確で、人の目を気にしない傾向が強いこと。

この4つの因子が一番幸せに影響する。これが高ければ、その人、その組織は幸せになる、という研究結果が出ている。また、アメリカでもその因果関係を調査研究するようになり、今から6年位前にハーバードビジネスレビューに掲載された。
幸福感とパフォーマンスの関係は、幸福感の高い社員の創造性は3倍、生産性は31%も上がる。売上高は37%も高い。欠勤率や離職率を見ると、幸福度が高い従業員は欠勤率が低く、離職率が低い。四国の西精工(数年前に日本でいちばん大切にしたい会社大賞の中小企業長官賞受賞)は、月ワク(月曜日にワクワク出られている社員を増やしていく)活動をしている。

 分科会でのある学生の研究発表。だめだった老舗和菓子屋が今ものすごく良くなっている。ある時に中身(考え方)を変えていったら、古参幹部が皆辞めていった。その後新しい人が入ってきた。それで良くなった、と。

これは何を言っているのか分かるだろうか。

 今までは、社長が変われば会社は良くなる、と言っていた。私はそれだけではなく、社員の受け止める度量の課題が非常に大事だと思う。何が正しいか、今どうすればいいか、それを適切に判断できる社員を育成していかなければならない。教育も必要かもしれないが、気付く、やってみる、そういうことを主体的にやれるような社員が増えていかなければ、なかなか改革も難しい。今までは、社長が正しい考え(人を大切にするという考え)を持つことによって良くなっていく、というのが1つのシナリオだった。しかし、それを受け止める社員側がどうなのかも考えないといけない。

 当法人の組織図は今はまだ20世紀型の組織図だが、私の中にはもう一つの組織図がある。21世紀型はネットワーク型組織図になっていくだろう。事務所の中でもそれに近いことが起きている。

あるお客様のサポートに、部や課を超えてチームを組みながらやっている。それはネットワーク型組織の一つの表れだ。この業務ならAさんとBさんを組んでやっていく。これも一つのやり方。事務所でやれといわれることは当然やるが、判断もしないで単に上から命令されたことをただやるという人ははっきり言ってこれからはいらない。それよりも、一人ひとりが社会と関わりを持ち、社会の中の課題は何かに気づき、その課題がこの事務所で解決できるのか、解決できなければ何が欠けているのか、何を付加すれば解決できるのか、ということを常に考えながら新たなサービスや商品を生み出していく人しか生き残れない。21世紀型は間違いなくネットワーク型組織になる。より社会に貢献をしていくための組織で、そのご褒美を分かち合うための組織、と位置付けていかなければ、20世紀型の組織を続けているところはほとんどなくなっていくだろう。

一人ひとり独立しながら、何かでコラボし、一つの業務が終わればまた別の人と繋がりあっていく、というのがこれからの主流になってくる。AIの進展によって、これからの我々の業務をゼロクリアしなければならない時代がやってきた。こういう考え方、心の傾向性を持っていれば、どんな時代がきても乗り越えられると思っている。私は、組織として強くするよりも、一人ひとりをしなやかにしていきたいと思っている。一人ひとりが解けていない心を解き放つことによって、より創造性や生産性が高まっていくだろう。

 どのような人が幸せなのだろうか?一言で言えば、自分の事だけを考えているよりも、自分以外の周りの人が幸せになる事が一番嬉しい、喜びだ、と考えている人が実は一番幸せなのだ。これは正に「自利とは利他をいう」。今、仏教だけではなく、いろいろな学問でも当たり前に言われるようになった。経済学でも『利他性の経済学』という本も出ている。医学でも、利他の心のある人が長生きする、という実証研究もでている。自分の事だけを考える人ほど人生は長くない。今一度「自利とは利他をいう」の真髄に触れていただけるとありがたい。

9月



H30.9.11(9.10事務所にて)
            

『二宮翁夜話』の成り立ちについてお話ししよう。


 これは福住正兄という二宮尊徳のお弟子さんによって書かれたものだ。尊徳の弟子達はいくつか本を書いている。例えば『報徳記』。これは二宮尊徳の娘婿でもある相馬藩の富田高慶が書いたものだ。これに関しては良くも悪くも先生を褒め称えすぎている。

弟子とともに朝から夜にかけて村おこしをし、それが終わり、囲炉裏端で弟子達が「これはどう考えれば良いか」等の質問をする。その答えを記録として残したのが『二宮翁夜話』だ。これを教育哲学者の森信三先生が「これは日本人のための論語だ」と言っている。全編を読んでいない人がいれば、早めに読んだ方がいい。

私が経営計画書の「税理士法人報徳事務所の由来」を書いたのは、今から約25年程前になる。少しずつは変えているが、まだまだ理解が足りない部分もあるかもしれない。読み込むことによって新たな発見ができるかもしれないので、ぜひやっていただきたい。


 最近、日経BP社から出た『なぜ倒産』という本を読んだ。「失敗事例から得る学びは大きい」という一言で買おうと思った。成功事例は再現性が低い。それは組織がまだまだ未成熟だったり、人間の教育がまだ整っていなかったり、様々な理由があって、成功事例を学んでも、それは再現性が低い。成功はいろいろな条件の組み合わせだからだ。

しかし、失敗事例は再現性が高いという。自社に置き換えてみても高い確率で当てはまる。この本は、倒産しているいくつかの事例を類型別にまとめている。例えば、急激な店舗展開で運転資金が不足し、利益は出ているが倒産した、等々が載っており、非常に参考になる。倒産した会社社長は「会計を疎かにしていた」と言っている。私は、「会計を一生懸命にやっても会社業績は爆発的に伸びることはないが、会計を確実にやっていれば潰すことはない」と常々言っている。


 会計の語源は、『史記』の夏本紀「計は会なり」。正しいことをすると増大する、という意味だ。「会計」という言葉にはそもそも「正しいことをする」ということが含まれている。語源に当たり、会計そのものの本質を再度見極める時が来ているのだ。興味があれば『史記』の中の夏本紀だけでも良いので、ぜひ読んでもらいたい。


8月



H30.8.20(8.6事務所にて)
             

 上手くいったらおかげ様、悪くなったら自分が至らなかった、と考える人は世の中の成功者だ。皆様方の周りを見ていただくと、自分の間違い、過ちを人のせいにするのがうまい人はいないだろうか。そういう人は絶対にうまくいかない。


論語『人の生くるは直し。これを罔いて生くるは、幸いにして免るるなり。』

の訳も訂正しようと考えている。

人が生きているのはまっすぐだからだ。それを歪めて生きているのは、まぐれで助かっているだけだ。
 →人が生きてい
るのは正直だからだ。不正直でも生きているのは、まぐれで助かっているだけだ。

この「まぐれ」が非常に怖いことだ。本当はその失敗であれば1ダメージを受ければ良いものを、小さいことを曲げたり人のせいにしたりする人はそれが積み重なることによって100のダメージにもなる。100のダメージがあった時にはもう取り返しがつかなくなる。私が口を酸っぱくして「人のせいにするな」と言っているのはそういうことだ。

 60年間生きてきて色々な人を見てきた。その中で、「なぜこの人は幸せになれるんだろう」「なぜこの人は不幸せに生きるのだろう」ということを見ていくと、行動特性にある。その行動特性の根本には、正しい考え方をきちんと持っている。これを持たずにその日暮らしのようなことをしていて、何か失敗したら人のせいにすればいい、手柄は全て自分のものにすればいい、という不埒な考え方を持つようになると、後々取り返しがつかないことになる。易経でも同じことを繰り返し繰り返し言っている。

 褒められてありがたいが、もっとお客様に喜んでいただけるように自分を高めていこう、ということが本当の生き方だと思う。そういう人が一人でも多く増えていくことによって、お客様にいい感化を与えていく。我々の仕事は、税務や会計ではない。幸福社会を創造することだ。幸せな社会は、一人ひとりが幸せ感を感じられるような世の中ではいけない。今、幸せのようなもので皆毒されている。物が得られると幸せ、お金があると幸せ、地位があると幸せ・・・それは幸せのようなものであって、本当の幸せではない。本当の幸せとは、自分が昨日よりも高まっている、精神的な面で高まっている。そしてまた自分を必要とする人が一人でも多くいて、その人のお役に立っている実感が一番の幸せだと思っている。そういう人が増える(多くいる)世の中は、人を自然と励ましたり癒したり助け合ったりするような潤いのある世の中になってくると思う。それが本当の意味での幸福社会だ。

 我々は、税務・会計という一つの仕事だが、それを通じてご縁がある人を幸福社会へと導いていく。これが一番崇高な事務所の理想であり、本当の目的である。

6月



H30.6.29(6.11事務所にて)          

先日のゴルフで、スコアが76打で素晴らしく良かった。ただ、「75打」だとエイジシュートだったので、残念ながら1打足りなかった。前半39、後半37、計76


私がエイジシュートを目指しているのは皆さんご存知だと思う。今74歳なので、数え年(75)以下で回ることがエイジシュートだ。今回は調子が良く、全部真っ直ぐに飛んで、距離も伸びていた。途中でいけるかな、と思ったが、70歳代で70台で回るのはとても難しい事で、エイジシュートの平均値は8483,4歳の時に84で回るのが標準である。1打足りないのは実は2回目だ。昨年ハワイに行った時も75で回った。


私はとことん突き詰めることが好きだ。例えば、ドライバーが右に曲がったら、なぜ右に曲がるのだ、と追及する。原理は物理なので、ボールに右回転を与えるから右に曲がるのだが、どうしたらストレートになるのか、左に曲がるのか、そういったことを自分で研究するのが好きなのだ。とことんやり抜く。ただ、一般の人はそこまでやらないのだろう。やらないから上手くいかない。事務所の職員も曲がって苦労している者がいる。距離は途轍もなく飛ぶのだが、残念ながら曲がってだいぶ苦労しているようだ。


 ゴルフは非常に奥が深い。途中で諦めてしまう人が大半だ。しかし最後までとことん追求することが大事だ。これは仕事でも一緒。疑問があって、まぁいいや、と諦めたらそこで終わりだ。自分が納得するまでとことん突き詰めることが、すべての事に大事だと思う。私はごく一般的な一般人だが、ここまでできるようになったのは偏に探究心だと思っている。




H30.6.29(4.16事務所にて)          

3月に埼玉県の警察学校の卒業式に行ってきた。今から167年前にある税理士の会合で埼玉県の警察学校の寄付をお願いされ、警察学校友の会に毎年寄付をしてきた。学校長から感謝状をもらったりして、ぜひお越しくださいと言われていたが、行ったことがなかった。今年も卒業式にご招待がきたので、警察学校がどういうものか、一度行ってみようと思い行ってきた。


埼玉県の警察官は全員その警察学校を出て、各署に配属になる。今回の卒業生は約60名だ。10月から3月までの半年間、警察のいろはを教わるのだろう。全寮制で、皆さん20歳代の若い方だ。最近の若い人はきちんとできているのか、と疑問に思いながら出席した。


卒業式では約60人全員が寸分違わず礼も挨拶も号令の仕方も完璧にやっていた。半年で人間あれだけ変われるものか。私は自衛隊については知らないが、自衛隊もそうなのではないかと思っている。まだまだ日本は捨てたもんじゃない。我々招待者は、式場に入って前の方に座って見ていたが、リーダーが前に出て、そのリーダーの指示通り全員が動く。これは相当すごい訓練をしている。これで日本の警察はまだまだ大丈夫だと思った。私は規律が正しいのが好きなので、今の警察はどんな感じなのか興味深く見守っていたが、本当に驚いた。今の警察が、これだけピシッとできているのであれば大丈夫なのではないかと思った。


卒業式の式典が終わり、その日のうちに各署に配属になる。式典が終わり、敬礼して退場し、各署が迎えの車を用意してそれに乗ってその日のうちに行ってしまう。その迎えの車が様々だ。窓に網目の付いたバスや護送用のバンであったりで、大変興味深かった。

 現在の警察はすごい組織だなと改めて思った。人間、半年の訓練であれだけのことができるようになるのは本当にすごい。感心した。




H30.6.29(2.26事務所にて)    

オリンピックの話をしよう。
今回の平昌オリンピックで日本は13個のメダルを取った。私も時間がある限り見ていた。随分感動もいただいた。オリンピックなので、世界一を争うのだが、大変な感動の裏に我々の知らないいろいろなことがあるのだと教えて頂いた。


 小平選手が長野の会社から年間1千万円の支援を受けている、という話が聞こえてきた。1千万円の支援をすること自体大変なことだが、それだけやらないと世界一になれないという現実があるのだと思った。共産主義の国家であれば国が全部面倒をみるのだろうが、日本は自由主義国家だ。国の予算で無制限にお金を使うわけにはいかない。ある選手は金目のものは全て売って競技に集中した、という話も聞こえてきた。お金で金を買うという構図ができてしまうのだが、鍛えるにはお金がいる。


 パシュートでメダルを取った選手たちも300日一緒に練習をしているということを聞いて驚いた。1年の大半だ。それでようやく金メダルが取れる。練習をしないと取れない、生半可な練習だと金なんてとんでもない。仕事を放ってやるわけだから、選手にとっては練習が仕事みたいなもの。それを補佐する人がいないとできない。そういう世界だ。フィギュアはだいたい裕福な家庭の人がやっていると言われている。フィギュアも何千万円もかかるそうだ。

 
従って、そういう事自体がいいか悪いかという議論もあるが、現実的には金メダル取ってなんぼという世界なので、お金がかかることは仕方がないと思う。日本が13個取ってよかったよかったと言っているが、そんなにお金がかかることをずっと追及していていいのだろうか。国家で面倒を見られる共産圏の方が絶対的に強いと思う。今後の北京オリンピックは中国がたくさん取ると予想される。やっている選手はもちろん大変だが、国家のスポーツに対する金の使い方によってメダルの数が変わってくるのかなと思うと、少し寂しい気がする。



H30.6.28(6.18事務所にて)

 PHPに松下資料館がある。2年程前にそこに特別に1人だけ招待された。

松下さんが創業されてからの過程のブースがある。各ブースとも座ってDVDを見られるが、それを見て、感動して涙が止まらなかった。こういう想いの会社であれば間違いないと思い、今回PHPの研修に部課長に参加してもらっている。


 会計事務所は税法や会計等は学ぶ。税法や会計が分かっていたり、ある程度年齢がいっていたりする人が自然に上司になるが、管理職の力量と簿記会計が分かる力量は全く違う。この研修は良い意味で事務所にとってプラスになる。個人の成長に役立つが一番いい。


 人間は、書(本)によって学びを深めることと、人によって学びを深めることの2つの側面がある。できれば若いうちから色々な人、自分よりも人間的に優れている人と付き合うようにした方がいい。我々自身も戒めなければいけないのは、お山の大将になってはいけないということだ。小さい地域である程度、会社や事務所が活躍し始めると、「立派ですね」「すごいですね」と言われる。それで終わったらその人は本当に終わりだ。次の高みを目指さなければいけない。


 今度、某所からセミナーの依頼を受けた。社会企業という概念がある。これは社会の様々な課題や問題を企業という組織体での解決を意図しているのもで、今世紀はどのような会社であっても社会性という視点がないと厳しいと思っている。今の組織のあり方は変わってくるのではないか。トップがいて、部課長がいて、社員がいる、これは軍隊組織。相手に勝つという事が至上命題なので、トップから末端まできちんと方針が伝わっていなければいけない。軍隊組織のような相手に勝つための組織のあり方は20世紀で終わったのではないかと思う。

21世紀は、志に従って集まってくる中核の人と、他のグループがコラボするような感じではないか。例えば、ある特定の業務を、志が同じような2つ以上の会社や個人が一緒になってやり、一つの仕事が終わったら解散する。このような形がこれから主流になってくるのではないか。その時に一番大事なのは考え方、哲学だ。そこが同じでないと烏合の衆になってしまう。そこをきちんと伝えていく責務がある。




H30.6.28(6.4事務所にて)
 

 当法人の存在意義に「幸福社会を創造すること」とある。幸せとは何か、幸福とは何かを定義付けする必要があるのではないか。幸せの定義が一人ひとり違っているとブレるので、そこはきちんと明確にしておいた方がいいと思っている。

 幸せは2つしかない。1つは、生まれてから死ぬまでに自分が日々成長している実感。もう1つは、成長している実感が周りの方々にお役に立っているということ。決してお金を儲けるとか地位が高くなる等の問題ではなく、日々の営みの中にこそ幸福はある。給料がいい、福利厚生がいい等の形式的なところが幸せだと錯覚すると、それは幸福の手段にすぎない。いくら給料を多くもらっても、いつも飢餓感に飢えている人はいつまでたっても餓鬼道の人生を歩んでいってしまう。心穏やかな人は、ほどほどであっても満足いくような生き方ができる。給料よりも仕事をきちんとやることが次につながり、それが結果として収入が増え、給料が増える、というふうになる。私が独立してからの30年間の実感だ。目先の事にとらわれることなく、自分にとって本当の幸福は何かを今一度かみしめて頂きたい。それが分からないと「当法人の存在意義」は見えてこない。




H30.6.28(5.14事務所にて)
   

 土曜日(512日)にT社様の経営計画発表会に参加してきた。当事務所の経営計画書を参考にしているため当事務所の経営計画書とよく似ているが、それを超えるものがどんどん出来てきている。例えば、部課長の役割等が明確に載っている。ぜひ参考にしていただきたい。


 私は若い頃から課長の役割、部長の役割、取締役社長の役割、という本を結構読んでいた。それは自分の立場の上の所でどういうことをやっているかが分からないと本当の仕事は出来ないと思ったからだ。そういう事を自分でやりながら身につけていった。自分がやっているから他の人も同じように学び身につけていっていると思ってやっていたら、実はそうではなかった。部長・課長の役割をきちんと伝えていかなければいけないと思い、事務所ではPHPの研修に参加してもらうことにした。

 

 あなたはリーダーシップをどこで学びましたか?との質問に対し、7:2:1という有名な法則がある。7は日常の仕事から学んだ、2は上司や尊敬できる人の薫陶を受けた、1は研修やセミナーを受けたという。つまり研修やセミナーから学んだ人は1割しかない。それでもセミナーや研修に行く意味がある。セミナーや研修に参加することによって、リーダーシップ等の内容を体系的に学ぶと知識のきっかけができてくる。その上で日常業務をやっていくと、見えないものが見えてくる。体系的な知識がないまま日常業務をやっていると右往左往する。時には失敗もし(失敗も学びかもしれないが)、できれば失敗せずにスムーズにいくようにした方が良い。部課長にはぜひ多くのことを学び、身につけてきてもらいたい。




H30.6.28(5.7事務所にて)
   

 公認会計士監査の世界では、東芝事件等のいろいろな会計不祥事を受けて監査の質が問題になっている。5年~7年以上になるとパートナー(代表社員)を変えるのだが、事務所を変えようという話が出てきている。単に安いというのではなく、正にISOと全く一緒で、指標をいくつか入れて、その中で監査、仕事の質で入札をする、という話も少し出てきている。我々の仕事も同じようになってくるのではないか。小さいところは人間関係でやっていけるが、一定の規模以上(上場会社やその子会社)となった場合は、業務の質が見られるのではないだろうか。


 世の中全体はそういう流れだが、結局は責任回避の風潮になっているのではないかという気がしてならない。例えば、仕入れ担当がなぜそこを選んだのか、に対して、相手の技術が良かった、値段も合理的だった、等々。いろいろあると思うが、それがISO等を取っていれば、つまり外部の第3者が評価していれば、そこを評価して選択しても間違いはない。自分の責任は問われない、と無責任社会、責任転嫁社会になってきているのではないか。昔なら、これは自分がこういう思いで選択した、と堂々と言えたが、それが無くなるのが果たしていい世の中なのだろうか。

 

 人間は、成長するためには人と出会うか本を読むしかない。いい人と出会い、いい本と出会うことによって成長できる。食べたものが6か月後の自分の体を作る、と言われるように、読書や会った人は6か月後の自分の精神を作る。それを何もしないでゴロンとしているだけの生活を送るのか、たとえ1冊でも1行でもいいから本を読むことの積み重ねを行っていくかによって、510年で大きく差が出てくる。若い人に「勉強してないだろう」とよく言うことがある。勉強しているかどうかは顔つきで分かる。本気でやっていれば、ボーっとした顔をしていない。紙1枚はとても薄いが、積み重なることによって破れなくなる。自分を磨いていく、教養を身に付ける、ということはそういうことだ。仕事よりも、帰宅してからや休みの時の過ごし方によって成長度合いが違ってくる。自分の未来を切り開けるのは自分しかいない。4050歳になって、あの時やっておけばよかったと後悔する人はたくさんいる。今は大変かもしれないが、今一生懸命やることによって10年後20年後いい思いをするかどうかは自身の決意にかかっている。気分新たに、自分を高めるとはどういうことかを考えて頂きたい。




H30.6.28(5.1事務所にて)
   

 言葉は字面だけで考えるのではなく、言葉の一つ一つの意味をきちんと理解をすることが大事だ。


論語「学びて時にこれを習う」
これは私は「復習してみる」ではなく、「実践してみる」という言い方をしている。実践の中で初めて学びがあるからだ。


 当法人の存在意義で「幸福社会を創造すること」とある。なぜ「幸せ」と言わず「幸福」と表現しているか。英語で言うと「幸」はHappy、「福」はLucky。「幸福」は両方合わせた状態のことだ。
今回はこの「福」の話をしたい。「福」は招き寄せることができる。参考として「陰隲録」の話をしようと思う。これは日本でいうと安土桃山時代の頃の話だ。


 中国に袁了凡という人がいた。父親が医者だったが、若くして亡くなっている。母親は一人でこの子を立派な医者に育てていきたいと願いながら育てた。

ある日、南方より易者がやってきた。一夜の宿を所望したい、そのお礼に子供の運勢を見て差し上げよう、と言われた。「この少年は残念ながら医者にはならない。ただ若くして科挙に通り、50代前に地方の長官になる。子供もいなく、50数歳でこの世を去るだろう」と言われた。了凡少年は勉強して科挙を受けるが、易者が受かると言った時に必ず受かり、何番で受かる、というところまでぴったり当たっていた。その後、ある地方の長官に赴任をし、そこで座禅を組んだ。そこのお坊さんが微動だにしない了凡さんの後姿を見て、どこで修業をしてきたのか尋ねた。赫々云々こういうことだ、と話したら、お坊さんは「馬鹿もん!」と一喝した。宿命は変えられないが、運命は変えることができるのだ、と。

了凡さんは奥さんに、「いい話を聴いた。ついては、これから人に良かれ、世の中に良かれ、という事を毎日やっていきたい。いいことは○、悪いことは×、その○が多い人生を生きていきたい、と願う」と言った。奥さんも協力するといい、毎日○×を付けていたら不思議なことが起こった。子宝に恵まれないと言われていたが、息子が生まれた。50数歳で亡くなると言われていたが、70数歳まで生きることになった。

そして68歳の時に息子に向けて「陰隲録」を書いた。運命は変えることが出来るというメッセージを書いたのだ。その中に「謙のみ福を受く」という言葉がある。これは謙虚だけが福を引き寄せることができる、ということを言っている。「だから息子よ、そういう人生を生きなさい」そういう言い方をしてこの本は閉じられている。

 

 一つひとつの言葉の意味も深堀していくと、本当に何を世の中に伝えていけばいいのかが分かってくる。ぜひ字面だけで考えずに、疑問に思ったら広辞苑などを参考にしたり、関連する本を読んむなどして、深堀していただきたい。




H30.6.28(4.23事務所にて)
 

 論語「生まれながらにしてこれを知る者は上なり。学びてこれを知る者は次なり。困みてこれを学ぶは又其の次なり。困みて学ばざる、民斯れを下と為す」
「上(かみ)なり」と「下(しも)と為す」という言い方をしたが、ある人は上(じょう)なりと読み、下(げ)と為すと読んでいる。セミナー等でも話をさせてもらっているが、最近は上(じょう)と下(げ)という言い方をするようにしている。


 先日の「人を大切にする経営大学院」のトップバッターをやらせていただき、冒頭にこのことを話した。
税務会計は時務学だ。それに対する本務学である「人間としてどう生きればいいか」を学ばなければいけない。特に40歳過ぎたら学んでいかなければいけないと話した。努力するものの道徳を学ぼうとしない。「困みて」を努力という言い方をしているが、これはある論語の本から引用した。しかし、これをそのまま訳して、「困難に陥った時に」と訳した方がいいのではないか、と思っている。努力をする者の云々ではなく、困難にあった時も人として生きる道に気づかないことが最低だと言っている。仏教では、上根、中根、下根と言う。


上根は、お釈迦様の話を聴いてそのまま悟る人
中根は、その時は話を聴いたと思うが、なかなか気づかず35年後に気づく

下根は、○○は死んでも治らない


それと全く一緒だ。いろいろなことを経験しながらも、本来自分はどう生きればいいかを学ばないことが問題だ、と言われている。そういう人間学をどう学んでいけばいいか。本を読むことは一番手軽でどこでも学べる。


 次に色々な人と会うことも大事だ。家庭、職場、お客様、それだけの生活で終わっていないか。小さな人間関係の中だけの人は、ほとんど成長していないだろう。自分よりももっと人間的なレベルの高い人と会ってみる。始めは大変だろう。しかし、そういうことを繰り返しやっていかないと人間的な成長はできない。


 事務所の経営理念は「自利利他」だが、これは社是にした方がいいのではないかと考えている。事務所の本当の存在意義は「幸福社会の創造に寄与すること」だ。来期の経営計画書では表現を改めようと思う。


 「幸福」とは何か。

「幸福」と簡単に言うが、幸福とはどういう状態なのか、どういうものなのかを考えないまま使っている。私見として「幸福」の定義をしている。昨日よりも今日、今日よりも明日、成長している実感が得られることが幸福だ。そして成長した実感を基に周りの人にプラスのいい影響、お役に立っているという状況、成長と貢献が私にとっての幸福だ。そういうことを全く考えずにその日暮らしをやっていて、2030年経って人間はどれだけ成長し、どれだけ幸せになれるだろうか、そういうことを今一度考えるべきだ。ご縁がある方には、こういう事を声を大にして伝えていきたい。それが今の自分の役割だと思っている。




H30.6.28(4.9事務所にて)
  

 先日のTKC東京5会新人研修では、グループディスカッションをやり、その夜発表をする。その発表会に途中から参加し、発表者の意見を聞いていた。AIが進展する時代で、我々の業務はどうなるか、10チームに分かれて発表をしていた。皆さん、鋭い見方をしている。今の記帳代行や税務申告が無くなった時に我々は何をやれば良いのか、的確に伝えていた。


 自分なりに、これから10年後20年後を考えた場合に、どういう世の中が来るのか。我々の業界は、今の時点で半分くらいの仕事がなくなると言われている。それを書いたのが今期の経営方針だ。5年もするとこれが正しかったと6割の人は分かってくれるだろう。10年経つと、あの時変えて良かったと思ってくれると思う。


 新人研修では、一番大事なことは何なのかを話した。柔軟性が大事だ。世の中が変わっていった時に、「今までこうだった」と言っていてはいけない。その時代時代に合わせて我々の業務を本質から見直し、組み立てをしていかなければいけない。その勇気も必要だ。しなやかな心がないといけない。


 明治維新の時に、維新の志士が活躍している。彼らは全く違った社会を創り上げた。その時にその人たちは経済学、経営学、会計学等を学んだかと言うと、そういう枝葉末節のことは学んでいない。本務学(人間学)で人間の根本法則(あるべき姿)を学んでいる。全ての意思決定の基準はそこにあった。だから明治という時代を創り上げることができたのだ。


 渋沢栄一は明治時代にみずほ銀行(もとの国立第一銀行)等の500以上の会社を作り、なおかつ500を超える社会福祉施設や学校(一橋大学や日本女子大等)、東京商工会議所等を作り上げた。
渋沢氏の二松学舎大学で論語の連続講義は「論語講義」という本にまとまっている。講談社学術文庫と明徳出版社から出ている。その中で、自分は幕末の江戸時代の人間だから、当然、今のように大学に行ったり専門的な勉強はしていない。しかし、若いうちから論語や中国の古典を嗜んでいた。その結果、企業経営等で意思決定をせざるを得ない時に論語等に書いてあることを判断基準にすることによって間違いがなかった、と言っている。
 

 なぜ論語を含めた古典を学ぶのかはそこにある。時代は進み、社会は変わる。今の自分の年齢に10歳足していただきたい。20数歳の人は中堅に、30代の人は40代になり、早い人は事務所の中では社員や場合によっては代表社員等、いわば事務所を引っ張るような立場になる人もいると思う。その人が世の中の流れの読み間違いをしたら、どんな組織でも崩壊する。確かに税法の知識は必要だが、併せて人間学も一緒に学び、自分を高めてもらえれば、大過なく過ごせるのではないだろうか。




H30.6.28(4.2事務所にて)
  

 331日にI社様の経営計画発表会があった。毎年、記念講演をやらせてもらっている。

そこで「教えざる民を以て戦う」という話をしている。当法人の経営計画書に掲載されている素読用論語の訳には講談社学術文庫の訳を基本にとっているが、もっと深いことがあるのではないかと思っている。今でいうと商売の仕方等を教え込まずにお客様のところに行ってこいということで、昔は根性でやったかもしれないが、今は不合理だ。それを2500年前にも同じことを言っている。こういうことを教えずに、ただ単に仕事をしろ、というのは棄てるものだ、という。


 何のために働くかを教えることはできない。人によって価値観が違うからだ。大事なことは、何の為に働くかを気付かせてあげることだ。お金のため、地位のため、名誉のため等を目的にしてやっている人に大成した人はいない。仮に大成したように見えても、転落が早い。そして深い。


 人は、何のために働くのだろうか。それは、世のため人のため。この気持ちがなければ、本当の意味での大成はしない。今、いろいろなところでキャリア教育をやっているが、ノウハウの研修がほとんどだ。はたしてそれで大成する人間ができるのかは危惧するところだ。ノウハウだけということは、人間を道具としてしか見ていないのではないか。何かをする道具としてしか見ていないから、欧米流の考え方が出てくるのではないか。

事務所では、事務所がうまくいくためだけではなく、そこに集った方々が素直な気持ちでこの考え方をしっかり受け止め、実践をしていけば、きっと幸せになれる、という願いを込めて、毎年毎年経営計画書を作っている。ぜひ新年度(4月から)のスタートに、少しでも気持ちを汲むような読み方をしていただきたい。




H30.6.28(3.12事務所にて)
   

 論語は、孔子とお弟子さんの問答集だ。孔子が講義の中では五経(易経、礼記、書経、詩経、春秋左氏伝)の講義をし、その合間での話が論語になったのだ。


 大阪大学の加地先生の本には背景的なところまで書かれている。本当の意味での論語の心は、当時の中国の社会情勢や宗教や祭祀まで分かると腑に落ちる。こういう時代背景があったからこういう発言があったのだ、等が分かる。


 全てのものは驕り高ぶりから崩壊する、と言われているが、元を正せば易経の話だ。

飛龍(トップ、社長)の時代に驕り高ぶることによってその後の落ち方が違う。緩やかに落ちる人と急激に落ちる人といる。世の歴史を繙いていくと全部それが当てはまる。皆さんは社長さんを相手にしているので、そういう事を正しくお伝えしてもらうとその社長さんもいい人生が送れるのではないかと思う。晩年が寂しい人生やつらい人生を送るというより、安泰だったという人生を送った方が幸せだろう。



H30.6.28(2.19事務所にて)
 

 今、AIの話の本を片っ端から読んでいる。AIが完全に人間を追い越すのではないか、という悲観論から、ものすごく楽観論まである。


 ある数学者のAIの話をご紹介したい。
AIは神になるわけではない、人間を追い越すわけではない、シンギュラリティ(技術的特異点)はない、と明確に言い切っている。ご存知のようにコンピュータは“0”“1”の世界だ。数式に置き換えられない仕事はできない。言われてみれば確かにその通りだ。人間の感情の揺れは数値に置き換えられない。そういう意味では楽観論だ。


 東大合格をAIでやろうという研究主催者の話で、AIはMARCHレベルは合格できるようになったという。MARCHレベルの大学の人の知能は置き換えられる可能性があるということだ。AIが人間を凌駕することはなくても、ある部分を代替することができる。


 今の若い人は問題文が読めない人が多いそうだ。日本語で問題文は書かれているが、その問題文が何を意味しているかが分からない、読解力がないということだ。
我々がそちらを力入れていき、精神面、感情面を力入れていけばAIに代替されないが、そうでないと仕事が代替されてくる可能性が非常に高いとも言えるだろう。




H30.6.28(1.22事務所にて)
  

 これからAIによって仕事が奪われる、と言われている。これをチャンスだと思う人もいれば、自分の仕事がなくなると不安になる人もいるだろう。世の中は正直で、不安に思っている人から仕事は無くなる。これからは高めていく能力の質が変わってくる。恒心と変身が大切だ。


 時代とともに必要なスキルや能力は変わっていく、しかし根本的な考え方は変わらない。それは個人でも企業でも全く一緒だ。身を変えるのは非常に大変なので、心を変えようとしている人がとても多い。でも心を変える必要はない。もちろん自立ができていない人、人のせいにする人、自分が責任を負っていない人、などは今のうちから変えていかないと、10年後本当に厳しい世の中がやってくるだろう。


 例えば、論語や二宮尊徳で学ぶ等、人間として何が正しいかが分かっている人は自らその時代時代によって必要とされる技術は変わっても自分を高めることはできる。維新の志士たちは技術的要素はあっただろうか?子供のころから論語などを学び、それが判断基準になっていることを考えれば、人間として大切なことは何か自ら理解できるであろう。今のうちから中長期スパンで物事を考えてやっていけば間違いなく到達できる。


 事務所内でもモニタリング情報サービスや早期経営改善計画等の推進をしているのは、10年後はそれが当たり前になっているだろうし、その時に慌てても間に合わない、と考えているからだ。

私は全ての人に支持されたいとは思っていない。心ある人で意欲の高い人が事務所を支持してくれればそれで十分だ。意欲が高く、世のため人のためになる、そのためには事務所の考え方やノウハウを一緒に手助けしてくれないか、という人が1社でもお客様になっていただいた方が、事務所の皆さんも人のためになるということを体感しながら仕事ができるだろうし、お客様からも感謝いただけるだろう。時代が変わるときは大きなチャンスだ。

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